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作者自らの「問い」に対する「答え」

人は「問い」があるから「答え」を探します。

 

たとえば、私は先日、散歩の途中でこの花の写真を撮りました。でも、花の名前を知らなかったんです。

 

そこで、スマホで「春 花 黄色」みたいなキーワードを入れて、検索しました。

 

そして、この花が「ヤマブキ=山吹」という花だということを知り、さらに「ヤマブキイロ=山吹色」の語源がこの花だということも知りました。

 

私はずっと「ヤマブキイロ」というのは黄色だから「ヤマブ キイロ」だと思っていたので、思わぬところで色名の由来を知ることができました。

 

これは、私が「この花、なんていう花なのかな?」という「問い」を持ったから「答え」を得たわけです。

 

ところで、私は時折、本の著者となる方から話を聞いて、ゴーストライターとして原稿を書くことがあります。そういうときも、やっぱり「問い」は重要です。質問、ですね。

 

著書となる方に、私は次のように質問します。「誰に対して、何を伝えたくて書くんですか?」

 

そうすると、著者の方は「○○のような人に対して、△△ということを伝えたいと思う」というようなことを語りはじめます。

 

そこからさらに・・・

「では、△△とは?」

「具体的にいうと?」

「そういうご経験はありますか?」

と、私が質問を重ねていきます。

 

すると、今まで「なかなか、自分では書けなくて……」と困っていた著者さんも、自分が何を書くべきかが少しずつ明確になっていくのです。

 

こうして、一冊の本ができあがります。だから本は、読者のために書かれたものでもありますが、作者が自ら立てた問いに対して、自ら解決策を表したものでもあると、私は思っています。