この絵は、渋谷駅直結のマークシティに展示してある「明日の神話」という、岡本太郎さんの作品。
私は渋谷に行く度に、この作品を観ています。作品を観ながらも、私が見ているのは、作品だけではないことに気づきました。
それは、この作品の周囲を通る人です。
この絵が展示してあるのは、JR渋谷駅と井の頭線渋谷駅との間。乗り換えの人たちで、年がら年中、混雑している場所です。
朝は、井の頭線方面からJR方面へ、夕方はその逆で、JR方面から井の頭線方面へ、ものすごくたくさんの人たちが、我先にと急ぎ足で歩いています。
先を急いでいるわけですから、どの人も、この絵を見上げることは、ほとんどありません。特に、朝の時間帯は。
夕方になると、人々の歩みがいくらかゆっくりになります。この絵の足元は、よく待ち合わせ場所として使われていて、誰かを待つ人が何人も立っていることがあります。
けれど、その人たちが見ているのは、たいてい、自分の手に持っているスマホです。この絵を見上げることは、ほとんどありません。
時々、この絵を見上げている人や、写真に撮っている人がいるな、と思うと、たいていは外国人です。この絵は、横幅が30メートルもある大きな作品なので、少し離れたところから、ゆっくりと眺めています。
どうして、日本人には、そういう人が少ないんでしょうか?
前述のように、この絵は、誰でも見られる空間に展示してあるので、「いつでも見られる」というのが、誰も立ち止まらない大きな理由のひとつだと思います。
立ち止まって見ている外国人は、その様子から、おそらく観光客なので、「この絵を見るなら、今しかない!」と思うでしょう。だから、立ち止まって、ゆっくりと眺める。それはわかります。
日本人がこの絵を見ないのは、「いつでも見られる」という理由以外に、きっと「急いでいるから、時間がない」というのがあると思うんです。もしくは、絵をゆっくりと見るほど興味がないとか。
このところ、経済関連のニュースサイトなどでは「アートとビジネス」とか、「アート思考」というような言葉をよく見かけます。ほとんどブームと言ってもいいくらいです。そして、そういう本も、よく売れています。
私も先日、そのブームに乗って、アートとビジネスの関係を書いた本を読んでみました。
その中で紹介されていたアート鑑賞の方法では、人物を描いた有名な作品を例に挙げていました。印象的だったのは「この作品をじっくりとよく見て、どんな人が描かれているのかを観察し、その人が次にどんな行動をするのかを想像する」というようなことが書いてあったことです。
私、この本を読むまで、そんなアート鑑賞をしたことがありませんでした。だから、この本を読んで以来、ちょっとだけアートの見方が変わりました。
そして、先述の絵の前を通る度に、「このガイコツは、次にどう動くのだろう」と思うようになりました。
この絵の向かい側には、渋谷のスクランブル交差点が見える、大きなガラス張りの壁があります。つまり、この絵のガイコツは毎日、渋谷のスクランブル交差点を見下ろしているのです。
毎日、渋谷を通る人々を見て、彼または彼女は、一体、何を思っているのでしょうか。