近所に気軽に入れるワインバルがある。
ワインも小皿料理も400円からとリーズナブルなので、仕事帰りによく立ち寄るのだが、先日、その店でちょっと色っぽいことがあった。
そのバルがあるのは、住宅地にある商店街なので、お客のほとんどは近隣に住む人たちである。そこに、明らかに外国人と思われる男性がやってきた。その時、カウンター席はほどよく埋まっていて、たまたま空いていた私の隣席に彼が座った。
聞けば、彼はフランス人であった。
頭が小さく、脚が長いので、座っているとそんなに背が高いようには見えないが、身長192cmで、以前はサッカーをやっていたというイケメンである。
フランスで日本語を学んでいた上に、日本に10年近く住んでいるというので、日本語はペラペラ。発音にも違和感がなく、「ワタシハ、フランスカラ、キマシタ」とカタカナで表現したくなるような感じはまるでない。
この辺で外国人に遭遇するのはあまりないせいか、日本語が通じる外国人だということがわかると、その店で飲んでいた常連のオニイサンやオネエサンたちが、興味津々で「なぜこの店に来たのか」「なぜ日本に来たのか」と、矢継ぎ早に質問した。彼は、日本の会社で翻訳の仕事をしていて、最近この街に住み始めたらしい。
私も常連さんたちも言葉に気を遣うことなく、自然に彼との会話が弾んだ。そして飲みながら、日本のどこがいいのかという話になった時、「女性がやさしいですよね」と、彼は言った。
その直後辺りから、私との物理的な距離が少しずつ近くなった気がする。「わわわ…。イケメンと距離が近いよ…」と思いながらも、常連さんたちとの会話は続いていた。常連のオニイサンが「どんな女性がいいのか」という話をふると、フランス人の彼は「年上で、足にもちゃんと赤いペディキュアを塗るような、おしゃれな人」というのである。その日、私は赤いペディキュアを塗り、サンダルを履いていた…。おいおいおい…。
ワインの杯も進み、常連さんたちが少しずつ帰り始めた頃、隣席のフランス人との距離がますます近くなったと思ったら、ほろ酔いで少々トロンとした大きな目をこちらに向けて、彼はこう言ったのである。「散歩に行きませんか?」
おそらく、こんなことを言う日本人はあまりいないと思う。どこかの店で女性を口説いているとしたら「もう一軒行かない?」というのが常套句なんじゃないだろうか?けれど、私の目の前にいるのはフランス人である。「散歩に行きませんか?」というひと言を、こんなに色っぽく言えるのは、やっぱりフランス人だからなのだ。
うお~!まるで映画のセリフのようだわ、と思って舞い上がりそうになりながらも、「あら~、アタシ、明日も仕事だから帰らなくっちゃ」と、ごまかして店を後にした。あの時、一緒に散歩に行っていたら、どうなっていたかしら…。ウフフ…。